「ハスと人間」  宮本常一(みやもと つねいち 1907年~1981年 日本民俗学者) 

   蓮は方々の庭園の池に水蓮などとともに植えられていて、6月頃に花をひらき、一つの点景をなしている。つまり観賞用の植物なのであるが、単に観賞用としてではなく、早くからその根を食用に供することを知っており、一般民衆には食用作物として作られ、親しまれていた。そして低湿地帯の農家の多くは、屋敷の周りに蓮田か蓮池をもっていたものである。だから6月頃になると、近畿、濃尾などの平野の村々には必ず、蓮の花の咲いている風景をみかけたものであった。とくに大垣、岐阜付近にはこの蓮田が広く蓮の花の上に村が浮かんでいるような風景さえ見られた。

  このように蓮は低地に作られたばかりでなく山間でも、沼地や深田のようなところには蓮が植えられていた。今はすっかり美田になっている広島県志和町の野は、もとは一面の湿田であった。山間の盆地状のところで、そのくぼみになったところは米を作ろうにも作りようのない沼地であったという。それでも人は米の作れるようなところへは土に丸太をよこたえ、その上に乗って稲を植え、秋は刈りとったのだが、その稲さえ植えられなかったところは蓮を植え、夏はその大きな蓮の葉におおわれ、花が咲き、それこそ極楽のように楽しかったこと、当時のことをおぼえている古老が話してくれたことがある。(以下略)『宮本常一著作集 43巻』(未来社 2003年)「ハスと人間」より。

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