『草木六部耕種法』(そうもくろくぶこうしゅほう)佐藤信淵(1769~1850)

全20巻。1829年(文政12)脱稿したが,公刊は明治である。有用植物の利用対象を,根・幹・皮・葉・花・実の六部にわけ,それぞれに属する植物の栽培法を解説している。この分類はほかに例がなく,信淵の独創とみなされる。登場する植物は約300種。

巻四 需根下編には、次のように出ている

蓮根・水慈姑等の作法

蓮も種類多く、淡紅蓮、白蓮、紅絲蓮、朝日蓮、牡丹蓮、鬼蓮等其の他尚ほ多し。然れども根を需めて作るべき物は、淡紅花、白色の二種のみ、其の他は皆花を賞玩するの業なるを以て茲に論ぜず。此れ等作法を審かにせんことを欲せば、下の需花編に就て求むべし。  蓮も亦牡牝有り、牡種は本太く末尖り、其形状此の如く、牝種は本小く末太り、其形此の如し、牡種を蒔たるは、二三年の間に其根頗る肥て花発き実を結ぶ。又牝種を蒔たるは容易に成長せざる者なり。宜しく牡種を蒔べし。抑々蓮根は蔬菜の頗る美なる者にて、且其需めて作る根外に葉も花実も共に有用多し。若し夫れ池・沼・溝等泥の深き処あらば此を植ゆべし。或は水田に植るも稲より利潤多き者なり。 凡そ蓮根を作るには、池・沼・溝及び水田に拘はらず、先ず能く障碍となるべき礁根等を除き精細に耕し、此に丙字号か丁字号中の泥土を温養する糞苴を耙錯て植るときは意外に繁生する者なり。所謂る丙字号の糞苴は培養秘録に七八方あり。 今其中に於て予が数々用ひて利益を得たる一方を挙ぐ。此方水草根を成長肥太すること甚だ妙効あり。其方、紅砒二斤、土硫黄五斤、石灰三斗、臘土八斗、小便f八斗、砂八斗、以上六品能く調合し、此を二三段許の泥中に耕交て精細に混合せしめ置き、四五日を経て植べし、此を大温肥と名く。又丁字号の糞苴も培養秘録に数方あり。 茲に其中一方を記して培用ふるに備ふ、其方、土硫黄五斤、石灰三斗、蜆殻灰牡蠣殻灰も宜し八斗、臘土八斗、小便八斗、砂八斗、以上六品調合し耕錯る、此れを大温肥と名く。然る後に種実を植ゆべし。又其泥深こと三四尺以上なるは太陽の光焔徹底すること難く、諸作物熱すること能はず。然れども蓮は成長する者なれども、年数を経ざれば出来易からず。此を速に繁栄せしむるに良法あり。 即ち其の水底を温めて泥中陽気を熾にするの業なり。其方、砒紅二斤、土硫黄五斤、石灰五斗、小便灰五斗、酒糟五斗、植土五荷、以上五品を少しく水を和して能く練り合わせ、大約一合許づゝを一篦として一坪四方の深泥中に三篦四篦も播散し、鉄耙を用いて二三日も時々此を爬廻し、然して後に芽出たる種実を埴土に包み、一段の地に二千粒許づゝ墜植にする時は、一両月に茎・葉・水面に延出て其根漸々肥太る者なり。

信淵は蓮根には、牝(雌)、牡(雄)があって、牝の蓮根は成長が遅く二、三年かかるので、植える時は牡の蓮根を蒔えると良いと記しているが、蓮根に牡牝があるなどと聞いたことがない。

信淵は肥料とその調合を詳しく記している。同じく『草木六部耕種法 巻十』の「需花上編」には、 蓮の種類甚だ多し、根を主として作る者は白蓮と紅蓮の二種なり。其の作法は上の需根編に詳かなり。花を主として作る者は、所謂紅白二蓮の外朝日蓮、紅絲蓮、牡丹蓮、金蓮、鬼蓮等あり。水草の花を盛にするには、鍾乳石、土硫黄、各々一斤、紅砒十両、馬溺塩十斤、以上四品を調合細末にして埴士二荷共に練りて拳大に丸くし、此を蓮一根に五三丸づゝ根の側に置くべし。若し盆栽にしたるには、其の鶏卵の大さにし、二三丸づつ根の傍に入るも良し。斯の如くするときは水中に生ずる所の草類甚だ能く繁栄して、其花大に且つ美麗なること、絶えて普通の者の及ぶべきに非ず。(後略)佐藤信綱著『草木六部耕種法』滝本誠一編『日本経済大典』(第19巻)明治文献社 1968年より

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