は、元禄10年(1697年)刊行された農書。出版されたものとしては日本最古の農業書。全11巻。1巻~10巻は元福岡藩士、宮崎安貞著。11巻は貝原益軒の兄、貝原楽軒著で付属である。明治に至るまで何度も刊行され、多くの読者を得た。『農業全書』巻之5「山野菜之類」には、次のようにでている。
蓮(はす、はちす)
蓮は其葉はN(草冠+遐)かと云ふ。その花をP(草冠+函)かんと云ふ。其実を蓮と云ふ。其根を藕と云ふ。其外所により名皆別なり。水草の中にてならびなき物なり。其性の能も勝れ、花も実も蘂も上品の物なり。実と根は食とし、薬とし、其余並に皆薬品也。花に赤白の二色あり。其香ひ人を感じ、君子のみさほによく似たりとて古人其徳を誉め置きたる霊草なり。又金蓮黄蓮など数種ありと唐の書に見えたり。
種ゆる法
蓮子八九月堅く黒くなりたる時取りて瓦石の上にて頭の方をすり、肉の大かた見ゆる程にしてねばき土をねりかため、蓮子を中に包み、太さを雉の卵ほどに丸め、少しながくし、すりたる方を平かにし、上の方を細くして乾し置み、泥中になげ入れば、頭の重く平らかなる方下に成りて沈めば、水の底にて直になるゆへ、やがて根を生ず。蓮子の皮をすらずして沈めたるは、皮厚く堅き物なるゆへ、生じがたし。又実りたる時すぐに其まゝ泥の中にうゆれば、大かた生ず。根をうゆる事は本根に近き所の疵のなきを掘取り、鮒などのある池の泥の中にうゆべし、其年則ち花咲く物なり。二月半蓮根を三節もつゞけて長くほり取り、他の池に移しうゆる事は頭の方日向に成るやうにすべし。硫黄をあらく粉にして紙よりの中にまきこめ、蓮根の節を一重二重巻きて沈めうゆれば、其年かならず花咲く物なり。又蓮子のからを打ちくだき、皮をよく去り、白米のごとくして飯にして食すれば、気力をまし、身をかるく、すくやかにする物なり。又根は渇きをやめ、血を散ず、肌をも助け、薬ともなり、料理色々にして賞翫の珍味なり。泥深き池水あらば、むなしくをすべからず。殊に鯉鮒のある池にうへをけば、水獺おそれて付かぬ物なり。蓮おほき所にては実を取りて薬屋にうるべし。蓮肉は脾胃を補ひ、潟をとめ、性のよき物なり。
白蓮と紅蓮と一所にうゆれば、白蓮きゆる物なり。(但地による事にや、広き池沢などに本より紅白交り たるもありと云ふ。然れども新儀に種ゆるには必ず紅白まじゆべからず)。
又、近年は唐蓮多し。日本の蓮よりはよくさかへひろがり、花色々ありて見事なり。実をうへて生じやすし。但盆や鉢などに種へては、花甚だほそく愛すべし。広き池にうゆれば、根早くひろがり花殊の外大きなり。根を取るにも、花を賞するにも、唐蓮をうゆるにしかず。(以下略) 土屋喬雄校訂『農業全書』岩波文庫(1977年)より。図版は『農業全書』天明再版の見返し。