「蓮」    斎藤正二 1925年生 日本文学者 

ハチスの語源は、たとえば、『和漢三才図会』(1713年刊)に「蓮 和名波知須。蓮房以蜂巣故名之。又略曰波須」と見える記事によって代表されるように、この実が蜂巣に似ているところから名づけられた、というふうにいわれている。この通説に異を立てるつもりはないが、わたしなりに調べた範囲では、どうもこれは辻褄(つじつま)が合いすぎて こじつけ としか見えない。蜂そのものは、『古事記』上巻の大国主命の根国訪問の条に「蜂の非礼(ひれ)」が見え、また『日本書紀』皇極天皇二年の末尾に「是歳 百済太子余豊(こんきしよほう) 以蜜蜂房四枚(みつばちのすよつ) 放養於三輪山。而終不蕃息(うまはら)」が見える記事から推すと、久しく日本列島から恐怖の対象とされ、七世紀以後になってやっとのこと朝鮮半島の密蜂飼養技術の輸入を見たというにすぎなかった。なんにしても、蜂がひとびとからしたしまれていなかったことだけは確実である。そうだとすれば、花も美しければ根もまた食べられるという、すてきでもあり有益でもあるこの渡来種の水草にわざわざ憎まれっ子の蜂の名を冠(かむ)せるなどのことがあり得ようとは、ちょっと考えられない。それに日本上代語のパターンからすると、蜂巣は、ハチスでなくて、ハチノでなければばらない。通説には、どうしても無理があるように思う。

しからば、本当の語原は何かということになるが、それに答えるすべは当方にもない。当方は、むしろ、あいまいな語原を追い求めるより、はっきりわかっている原産地におけるハチスの名称をおさえておくべきである、との科学的立場にとどまることをよしとする。(つづく) 『植物と日本文化』(八坂書房 1979年)より。

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