蓮華(れんげ)  谷川徹三(たにがわ てつぞう)哲学者

いつのころか、好きな花はと問われると、まず蓮の花と答えるようになった。白蓮、紅蓮、それぞれによい。清らかでいて豊かである。匂いもよい。葉の形もよい。

子供のころ裏山の蓮池へ遊びに行って蓮の葉をとって来た記憶がある。花をとってきた記憶がないところをみると、その葉を何かの用にあてたのかもしれない。あるいはその葉をもって何かの遊びをしたのかもしれない。盆の十三日の宵に、庭で蓮の葉の上に砂を盛り、その砂の上で精霊をよぶ火を炊いていたことも覚えている。しかし花についてのはっきりした記憶はない。

蓮の花の最初の記憶は絵である。四日市の叔母が近くに家を建て、その仏壇の扉に絵師に蓮の絵を描かせていたのを私はよく覚えている。その絵師というのが近所の知り合いの家の息子で、東京か京都かで絵を修業して国に帰ってきたのである。今から考えるとまだ三十前後の若者であったはずである。新築の家の一間へ毎日その絵を描きに来ていた。その蓮の花を私は美しいと思った。蓮の絵を描き終わると今度は唐獅子を二ひきまるく組み合わせた図案を描き出した。蓮の花は扉の内側にあり、唐獅子の図案が外側になっていたのである。(以下略)『随想全集1』尚学図書 1969年(p35~p42)より。

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