日別アーカイブ: 2013年2月11日

「肥後シボリ」(ひごしぼり)

肥後絞」(ひごしひぼり)   爪紅 一重 中型、花弁の先に鮮やかな紅が入る 定信の『池のにしき』は「6月18日」とだけ、写生した日だけ記載してある。『本草図譜』には「花弁細く白色にして弁の先微し細く青ミあり」とある。

前出『水栽四君子』(明治36年、1906)には、「白紅覆輪筋絞」とある。また、石井勇義編『最新園芸大辞典』(誠文堂新光社 1953年)の絞の項に、短弁、中輪、肥後絞」とある。図からの判断であるが花姿は、清楚で美しい「肥後絞」は昭和20年代まで、伝わっていたと思われるが現在では絶えてない。

明治25年(1892)の『日本園芸会雑誌』36号に、次の文が掲載されている。「府下巣鴨二丁目、種芸師・内山卯之吉は、一般の植物の外、主として花蓮の収集家として有名で、名前の判明する品種だけでも65種類を育てていて、中でも珍しい肥後絞と感得蓮が咲いたことを知らせている。

肥後絞往昔加藤清正が朝鮮遠征の際同地齎らし来り尋ね肥後国熊本城の周囲の濠に植付け置きしものにて、東京へは天保5、6年頃当時の筑前藩主黒田公広く蓮の種類を収集せんとを欲し終に肥後絞此を熊本より取り寄せたり。(中略)、明治33年に至り其枯死せるより大阪府下の或る種師より取り寄せたり此れ即ち現今所有のものなりと云う。

とあり、彩色の図版が添えられている。が、松平定信の『池のにしき』(1822年)には、肥後絞りが掲載されている。

また、倉林孫三郎の『花その文学と科学』(1977年)の蓮の項には次のようにある。

「数年前の夏九州に旅した時、熊本城や島原城のお濠一面に咲き乱れていた花蓮は、清らかで近くで見る華厳華麗の言葉がぴたりする美しさである」とある。この花が肥後絞かどうかは不明であるが、1970年代に熊本城のお濠で花蓮が咲いていた。現在ではない。

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漢代の画像磚(かんだいのがぞうせん)

中国の人々と花蓮の関係は太古より密接な関係にありました。農耕民族にとって一番の願いは、秋に作物がたくさん収穫できることと、子孫繁栄のために子供がたくさん出来ることです。蓮の花は開花と同時に花托に沢山の実を持っています。このようなことから蓮の花は、大地の母=地母神になり、夫婦和合、子孫繁栄、五穀豊穣などの寓意化こめられ、吉祥の花になりました。

図の「蓮池漁猟画像磚」は、蓮池に舟を浮かべて、蓮の花や魚を収穫している様子を描いています。1984年四河省三界里より出土したもので横44センチ、縦25センチです。

画像磚」とは、焼いたレンガに当時の生活や様子や文様など浮彫りをしたもので、主にお墓の壁として用いられました。

磚画像

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