日別アーカイブ: 2013年2月18日

「SNOOPY」のコースター

2006年のある日、銀座に出かけた時、偶然に入ったデパートで、大規模のスヌーピーのグッズ販売をしていました。食べるピーナッツは大好物ですが、絵本のスヌーピーとはほとんど縁がありませんでした。会場では沢山の種類のグッズが販売されていましたが、あるコーナーで名前入りの陶器製のコースターを作れるコーナーがありましたので、ミーハーよろしく¥1000を出して作ったのが図(97ミリ×97ミリ)

スヌーピー

 

 

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「巨椋池(おぐらいけ)の蓮」 和辻哲郎著

「巨椋池(おぐらいけ)の蓮」 和辻哲郎著

  蓮の花は日本人に最も親しい花の一つで、その大きさ花びらの美しい湾曲線や、ほのぼのとした清らかな色や、その葉のすがすがしい匂いの肌ざわりなどを、きわめて身近に感じなかった人は、われわれの間にはまずなかろうと思う。
 文化の上から言っても蓮華の占める位置は相当大きい。日本人に深い精神的内容を与えた仏教は、蓮華によって象徴されているように見える。
 仏像はたいてい蓮華の上にすわっているし、仏画にも蓮華は盛んに描かれている。仏教の祭儀の時に散らせる花は、蓮華の花びらであった。

 仏教の経典のうちの最もすぐれた作品は妙法蓮華経であり、その蓮華経は、日本人が最も愛読したお経であった。仏教の日本化を最も力強く推し進めていったのは、阿弥陀崇拝であるが、この崇拝の核心には、蓮華の咲きそろう浄土の幻想がある。そういう関係から蓮華は、日本人の生活のすみずみまで行きわたるようになった。
 ただ食器に散り蓮華があるのみでない。蓮根は日本人の食う野菜のうちのかなりに多い部分を占めている。

 というようなことは、私はかねがね承知していたのであるが、しかし、巨椋池のまん中で、咲きそろっている蓮の花をながめたときには、私は心の底から驚いた。
 蓮の花というものがこれほどまでに不思議な美しさを持っていようとは、実際予期していなかったのである。(以下略)

 「巨椋池の蓮」の巨椋池は、京都洛南にあった大池で、昭和16年国策の干拓事業で田圃になってしまったが、それまでは日本有数の水生植物の宝庫であった。
 特に蓮の花の名所で、京都画壇の画家たちが作品に残している。そこを和辻が友人と観蓮に訪れた時の観蓮記である。観蓮記としては珠玉のエッセーですので、是非全文を読んでみてください。

和辻哲郎(1889~1960 哲学者)。初出、『新潮』(8月号 1950年)。 『埋もれた日本』(新潮社 1951年)、随筆全集』(尚学館 1969年)、『埋もれた日本』(新潮社文庫 1982年)、『和辻哲郎全集』(岩波書店 1961~63年)などに収載。

図は「巨椋池の蓮」が収載されている『埋もれた日本』(新潮社)、1971年(第7版)の表紙です。                                                           (この記事の投稿者は三浦功大)

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