日別アーカイブ: 2013年5月7日

湘妃蓮(しょうひれん)

湘妃蓮      白蓮 八重 大型

岩崎灌園筆の『本草図譜』には「自園の物の図、花形芍薬に似て白色に微し青ミあり」とある。灌園は幕府より現在の文京区に土地をかりて、草花を育てているので、そこで咲いたものと思われます。「湘妃蓮」は、『池のにしき』や『清香画譜』に載っていないので、灌園が独自に入手して育てたものと想像しています。図版は他には、『花蓮図譜』(武田薬品杏雨書屋蔵)にも載っています。

中国には、「湘妃」に関する次の伝説があります。「湘妃 尭の娘で、舜の妃となった娥皇と女英が、舜の死を嘆き悲しんで、湘水に身を投げて、女神となったという」。中国からの輸入品種か。それとも在来品種に灌園が伝説の名前をつけたものかは不明です。現在は伝わっていない。図は『本草図譜』に載る「湘妃蓮」。

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「ハスと人間」  宮本常一(みやもと つねいち 1907年~1981年 日本民俗学者) 

   蓮は方々の庭園の池に水蓮などとともに植えられていて、6月頃に花をひらき、一つの点景をなしている。つまり観賞用の植物なのであるが、単に観賞用としてではなく、早くからその根を食用に供することを知っており、一般民衆には食用作物として作られ、親しまれていた。そして低湿地帯の農家の多くは、屋敷の周りに蓮田か蓮池をもっていたものである。だから6月頃になると、近畿、濃尾などの平野の村々には必ず、蓮の花の咲いている風景をみかけたものであった。とくに大垣、岐阜付近にはこの蓮田が広く蓮の花の上に村が浮かんでいるような風景さえ見られた。

  このように蓮は低地に作られたばかりでなく山間でも、沼地や深田のようなところには蓮が植えられていた。今はすっかり美田になっている広島県志和町の野は、もとは一面の湿田であった。山間の盆地状のところで、そのくぼみになったところは米を作ろうにも作りようのない沼地であったという。それでも人は米の作れるようなところへは土に丸太をよこたえ、その上に乗って稲を植え、秋は刈りとったのだが、その稲さえ植えられなかったところは蓮を植え、夏はその大きな蓮の葉におおわれ、花が咲き、それこそ極楽のように楽しかったこと、当時のことをおぼえている古老が話してくれたことがある。(以下略)『宮本常一著作集 43巻』(未来社 2003年)「ハスと人間」より。

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フランスのティッシュの蓮文様

5月1日、塩澤さんが、1920年代のフランスの石鹸の包装紙を紹介されていますが、現在、フランスで販売されている、ポケットティッシュとティッシュボックスを紹介します。フランスで蓮の花がどのように,扱われているのか分かりませんが、他には香水の瓶やチラシ、エルメスのスカーフやティーカップなどにも蓮文様のものがあります。

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