日別アーカイブ: 2013年5月29日

文房四宝(ぶんぼうしほう)の内の蓮文様 1、硯

文房四宝は、中国文人の文房趣味のひとつで筆墨硯紙の四つを指す。別に文房四友(ぶんぼうしゆう)という言い方もある。これらは文房具の中心であり、特に賞玩の対象となった。この四つの文房具の中でも特に硯が重んじられ、多くの文人に愛でられる対象となった。使用しても消耗することがなく、骨董価値が高かったためである。次に墨・紙という順で、筆は新しくないと実用的でないので骨董的な価値に乏しく、愛玩の対象とはあまりならなかった。

南唐文化の影響を色濃く受けた宋代以降に文房四宝が語られることが多くなった。硯は端渓硯が最も有名であるが、歙州硯も同じくらい賞玩され、墨も歙州に名工と評される李超・李廷珪父子が名を馳せた。紙についても、歙州にて澄心堂紙という極めて良質の紙が産出された。宋初には硯・墨・紙について、歙州は代表的な生産地となっていた。これは南唐の国王である李中主・後主の親子2代にわたる工芸優遇政策によるところが大きい。工人に官位を与え俸禄を優遇したため、優秀な人材が集まり、技術が高度化して、優れた製品を継続的に生産できるようになったのである。南唐期の文房四宝は歴代皇帝に珍重され、復元が試みられた。

文房四宝 1 「硯」の蓮文様

硯は大変人気のある文物のようである。特に「端渓硯」は一番人気があるようであるが、小生にはその良さが残念ながら分からない。DSCN8705

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「蓮」    斎藤正二 1925年生 日本文学者 

ハチスの語源は、たとえば、『和漢三才図会』(1713年刊)に「蓮 和名波知須。蓮房以蜂巣故名之。又略曰波須」と見える記事によって代表されるように、この実が蜂巣に似ているところから名づけられた、というふうにいわれている。この通説に異を立てるつもりはないが、わたしなりに調べた範囲では、どうもこれは辻褄(つじつま)が合いすぎて こじつけ としか見えない。蜂そのものは、『古事記』上巻の大国主命の根国訪問の条に「蜂の非礼(ひれ)」が見え、また『日本書紀』皇極天皇二年の末尾に「是歳 百済太子余豊(こんきしよほう) 以蜜蜂房四枚(みつばちのすよつ) 放養於三輪山。而終不蕃息(うまはら)」が見える記事から推すと、久しく日本列島から恐怖の対象とされ、七世紀以後になってやっとのこと朝鮮半島の密蜂飼養技術の輸入を見たというにすぎなかった。なんにしても、蜂がひとびとからしたしまれていなかったことだけは確実である。そうだとすれば、花も美しければ根もまた食べられるという、すてきでもあり有益でもあるこの渡来種の水草にわざわざ憎まれっ子の蜂の名を冠(かむ)せるなどのことがあり得ようとは、ちょっと考えられない。それに日本上代語のパターンからすると、蜂巣は、ハチスでなくて、ハチノでなければばらない。通説には、どうしても無理があるように思う。

しからば、本当の語原は何かということになるが、それに答えるすべは当方にもない。当方は、むしろ、あいまいな語原を追い求めるより、はっきりわかっている原産地におけるハチスの名称をおさえておくべきである、との科学的立場にとどまることをよしとする。(つづく) 『植物と日本文化』(八坂書房 1979年)より。

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