カテゴリー別アーカイブ: 花蓮図鑑

「紅毛白蓮」(あかげはくれん)、別名「阿蘭陀蓮」(おらんだれん)

白蓮 一重。

定信の『池にしき』には「紅毛白蓮」の名で載っているが、星野文良の『清香画譜』には、同じ図版で「阿蘭陀蓮」の名で載っているので、同一種とした。

来歴、命名などは全く不明。現在は伝わっていない。『池にしき』には、6月22日写生したことを記してある。岩崎灌園の『本草図譜』には「白川公蓮譜に載る図、花弁粗く白色にして中に黄色を帯へり」とある。

来歴などいろいろ想像するに、この種の名前からオランダ人が、オランダ国からではなく、東南アジアあたりで、採取したものを長崎の出島を経由して、江戸へ将来されたのだろうか。献上された将軍はだれ?江戸城内で育てていたのを定信が下賜されたのか。興味は尽きない。しからば東南アジアのどこの国の蓮と問われても、筆者には、残念であるが、それを裏付ける資料を持ち合わせていない。今後の研究課題である。図は『本草図譜』より。

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「西湖蓮」(せいこれん)、別名「詩仙堂西湖蓮」(しせんどうせいこれん)

白蓮 八重 中型。

『池のにしき』には、6月20日とあるだけ、コメントはない。『本草図譜』には、「西湖蓮」とあり、同上の図花色前条と同じく弁ハ弁にして尖り実は房中より出づ、とある。星野文良筆の『清香画譜』には「詩仙堂西湖蓮」(しせんどうせいこれん)と出ていて、『水彩四君子』にも「白中薄黄千重中輪」とある。中国から伝わった品種名と思われるが、来歴は不明。白の八重で重厚感がある。伝統園芸品種の1種類。図は『本草図譜』に載る「西湖蓮」。

西湖蓮

 

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金輪蓮(きんりんれん)

金輪蓮 爪紅 一重 中型 『池のにしき』には、花の特徴が記されていない。『本草図譜』には、「花弁円く淡紅に淡黄を帯へり」とある。明治36年刊の『水栽四君子』には、「薄紅本紅二重覆輪」とある。

白の花弁先端の輪郭に淡い紅の筋が入り、端正で凛とした美しい花姿が人気がある。江戸時代から伝らる、伝統園芸品種である。図は、『本草図譜』に載る「金輪蓮」。

金輪蓮

 

 

 

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瑞光蓮(ずいこうれん)

「瑞光蓮」 爪紅 一重 中型。

『池のにしき』には、6月19日(写生)「花少し大きく房ハ金輪の如し」とある。『本草図譜』には「瑞香蓮」(写しまちがいか?)の名前で「花弁円く白色にして弁に先き淡紅色中に淡黄色帯へり」とある。

瑞光蓮は花弁の先端が紅色の爪紅種で、その美しく妖艶な花姿は、今日まで伝わり、人気のある品種です。伝統園芸品種一つです。

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「肥後シボリ」(ひごしぼり)

肥後絞」(ひごしひぼり)   爪紅 一重 中型、花弁の先に鮮やかな紅が入る 定信の『池のにしき』は「6月18日」とだけ、写生した日だけ記載してある。『本草図譜』には「花弁細く白色にして弁の先微し細く青ミあり」とある。

前出『水栽四君子』(明治36年、1906)には、「白紅覆輪筋絞」とある。また、石井勇義編『最新園芸大辞典』(誠文堂新光社 1953年)の絞の項に、短弁、中輪、肥後絞」とある。図からの判断であるが花姿は、清楚で美しい「肥後絞」は昭和20年代まで、伝わっていたと思われるが現在では絶えてない。

明治25年(1892)の『日本園芸会雑誌』36号に、次の文が掲載されている。「府下巣鴨二丁目、種芸師・内山卯之吉は、一般の植物の外、主として花蓮の収集家として有名で、名前の判明する品種だけでも65種類を育てていて、中でも珍しい肥後絞と感得蓮が咲いたことを知らせている。

肥後絞往昔加藤清正が朝鮮遠征の際同地齎らし来り尋ね肥後国熊本城の周囲の濠に植付け置きしものにて、東京へは天保5、6年頃当時の筑前藩主黒田公広く蓮の種類を収集せんとを欲し終に肥後絞此を熊本より取り寄せたり。(中略)、明治33年に至り其枯死せるより大阪府下の或る種師より取り寄せたり此れ即ち現今所有のものなりと云う。

とあり、彩色の図版が添えられている。が、松平定信の『池のにしき』(1822年)には、肥後絞りが掲載されている。

また、倉林孫三郎の『花その文学と科学』(1977年)の蓮の項には次のようにある。

「数年前の夏九州に旅した時、熊本城や島原城のお濠一面に咲き乱れていた花蓮は、清らかで近くで見る華厳華麗の言葉がぴたりする美しさである」とある。この花が肥後絞かどうかは不明であるが、1970年代に熊本城のお濠で花蓮が咲いていた。現在ではない。

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「毎葉蓮」(まいようれん)

紅蓮 一重 中型種 『池のにしき』には、「六月十八日 是ら之うらにて色□(判読不可)し」とある。また、岩崎灌園の『本草図譜』には「花弁細く淡紅色帯なし実ハ初め濃緑色なり」とある。図では、『本草図譜』に掲載の毎葉蓮。この品種も今日まで伝承されてきている、伝統園芸品種です。

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 「金光蓮」(きんこうれん)

紅蓮 一重   『池のにしき』には、次の書き込みが添えてある。

「6月14日写生、浄台蓮も如□(判読不可)香」、「暁手蓮花かるし、金光蓮ハ花二重也。□香ハ三重也。大キサもおなし。濃衣ハ毎葉、金光おなし色也。廬山紅蓮なれもつく。金光暁手なれもつく。一葉大如図」とある。

「金光蓮」は、明治36年(1903)の東京三田育種場の水生植物の販売目録である『水彩四君子』に載っているが今日では伝わっていない。図は岩崎灌園著『本草図譜』より

蓮金光

 

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天上蓮

紅蓮 八重 中型種 弁数80枚戦後。 前出『池のにしき』には、2番目に描かれている。定信の画帖の書き込みは「六月十日 一瓶中二種、一ハ如図、(中略)、花弁如芍薬蓮利てかな」とある。図では、花弁の内側は紅に描かれているが外側は爪紅のように描かれている。「天上蓮」(紅天上蓮)は、名前から皇室に関係あるのだろうか。前出の「白万々蓮」と同様、江戸時代より今日まで伝わっている伝統園芸品種の1種ですが、来歴、命名などは不明です。図は『清香画譜』(天理大学付属天理図書館蔵)より。蓮図譜

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白万々蓮

日本最初の花蓮図鑑は、元老中首座であった、白河藩主・松平定信が江戸・築地の自邸である「浴恩園」で育成していた花蓮を、定信自身が約35品種を、1822年に描いています。それは『池のにしき』(桑名市博物館蔵)として今日まで伝わっています。同年、白河藩の絵師・星野文良は、松平定信の命により、『池のにしき』を写し、『池のにしき』に描かれていない品種と合わせて、約55品種の花蓮を描いた花蓮図譜『清香画譜』(天理大学附属図書館蔵)は、花蓮図譜の嚆矢とされています。

このような花蓮図譜が伝わっているのは諸外国にはなく日本独自のものです。また、馬場大助、飯室楽圃、高木春山なども、蓮図譜を描いていますので、順次紹介するものである「白万々蓮」 『池のにしき』(松平定信筆 1巻)1922年頃。『清香画譜』(星野文良筆 巻1 高さ31センチ、横15メートル)1922年頃。『池のにしき』の最初に描かれているのは、白蓮で八重の中~大型種、花弁数130枚前後の重量感のある、「白万々蓮」です。『清香画譜』では2番目に描かれている。『池のにしき』には、6月9日の「白万々蓮」から8月5日の「感得蓮」まで、この間に咲いた約35品種を、蓮の一番美しい開花2日目を主に描いている。「白万々蓮」は、江戸時代より今日まで伝わっている伝統園芸品種の1種ですが、来歴、命名などは不明です。図は『清香画譜』(天理大学付属天理図書館蔵)より。

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